初代‧諏訪蘇⼭は嘉永四年(1851)、⾦沢藩⼠の⼦として⽣まれる。明治維新後に陶画を学び、後に東京で陶磁器製造業を開業。その後⽇本各地の旅に出、再度⾦沢に戻り⽯川県⽴⼯業⾼校で彫刻科の助教諭の職に就く。京に移り住んだのは明治三⼗三年(1900)。粟⽥焼の⼤規模輸出陶磁器製造業に指導⽅として招聘される。六年間の勤務の後、五⼗六歳で独⽴、五条坂で開窯する。当代は四代‧諏訪蘇⼭。三代蘇⼭の三⼥で、⺟は千家⼗職の塗師、⼗⼆代中村宗哲。
1873年 諏訪好武、⾦沢の陶画師、彩雲楼旭⼭に陶画を習う1889年 ⽯川県⽴⼯業学校助教諭試補1892〜96年 同校彫刻科助教諭1893年 ⼤病より蘇起し、号を「蘇⼭」とする1900〜06年 京都粟⽥錦光⼭陶⼯場改良⽅嘱託1906年 五条坂にて製陶業を始める。この頃から⻘瓷作品を発表。1917年 帝室技芸員を拝命1922年 初代蘇⼭の養⼥虎⼦、⼆代蘇⼭を襲名1970年 諏訪修、三代蘇⼭を襲名諏訪公紀、三代蘇⼭‧⼗⼆代中村宗哲の三⼥として⽣まれる1998〜2004年 三代蘇⼭と共に陶磁器の制作 各地にて「中村宗哲展」に出品2002年 四代蘇⼭を襲名2004年 京都髙島屋にて襲名展を開催